部員数の増加により、約14か月ぶりにして最後のブログとなりました。修士2年の佐藤光敏です。
前回のブログにて、東京マラソン出走権の獲得方法をご紹介させて頂きました。
部内のブログでは、圧倒的な閲覧数を頂戴しております。この場をお借りして、御礼申し上げます。
そして今回、念願だった東京マラソン2026に出場致しましたので、続編をお届けさせて頂きます。
東京マラソン出場を夢見る、一人でも多くの方に届けば幸いです。
当日までのスケジュール
初マラソンが東京マラソンという方のためにも、可能な限り詳細に記載します。
今回はTEAM ONE TOKYO -東京陸協推薦枠-で出場致しました。通常と異なる箇所もありますのでご了承下さい。
25年7月上旬~下旬:推薦枠獲得大会(江東シーサイドマラソン)と東京マラソンエントリーセンターより、エントリーに関する案内メールを受信
25年8月上旬:メール記載の専用URLより、エントリー手続き(必要情報の入力、参加費入金、手荷物預かりの選択)
26年2月上旬:ランナーズガイドブック公開とアスリートビブス引換証の発行開始
26年2月26~28日:ランナー受付@東京ビックサイト南展示棟(いわゆる東京マラソンEXPOと併催)
私はレース前日(28日)のお昼過ぎに受付を行いました。
幸い混雑もなく、スムーズに終える事が出来ました。
その後は各社のブースを回ったり、フォトスポットで写真撮影をして気持ちを高めました。
気がついたら歩き過ぎてしまい、帰る頃にはちょっとした疲労感も??皆さんもお気を付けください(笑)
受付当日の様子もぜひ展開してご覧ください!
また、今回は初の試みとして、27日にファンミーティングが実施されました。
私は運良く当選し、実際に目の前で一流選手の姿を見る事が出来ました。
個人的に印象的だったのが、車いすマラソン選手のグローブの話です。
健常者にとってのシューズは、つい車椅子とばかり想像していましたが、どんなグローブを選択するか、選手にとっては大変重要だそうです。
他にもマラソン選手同士のトークセッションを生で観れるなど、大変貴重な経験ができました。
同じ舞台に立てるランナーにとっては、モチベーション爆上がりのイベントとなりました。
是非、これからも続けて欲しいなと思います!
入場する選手との距離の近さが伝わるでしょうか?!(展開先に動画あり)
当日のスケジュール
スケジュールを組むにあたり、先頭打者送りバントさんのブログを大変参考にさせて頂きました。
07:30 新線新宿駅到着、ホーム最前方より新都心口に向かう
新宿駅に近づくにつれて、車内にはランナーさんが増えていきました。ゲートまでの動線には、至る所にスタッフさんがおり、大変心強かったです。地上に出るまでは全て地下通路で繋がっており、悪天候でも安心です。
07:45 GATE1入場、手荷物検査通過
ガイドブックにも記載がありますが、持込禁止物に注意しましょう(特に水筒類とペットボトル全般)。手荷物検査後にはX線検査装置もあり、個人的には大阪万博を思い出しました。あの時と比較すると、混雑はかなり控えめです。
07:50~55 トイレ1回目(男性・小)
下見も兼ねて、都民広場到着後すぐにトイレに向かいました。流石の東京マラソンといったところでしょうか。台数も多く、スムーズでした。
08:23~ ウォーミングアップ@都民広場横の空間
比較的走力の高そうなランナーによるjogの動線が出来始めたので、合流させてもらいました。25年はAブロック専用の待機場所だったそうですが、今回は全ランナー向けに開放されていました。
08:35~40 トイレ2回目(男性・小)
1回目より若干列は長かった気がしますが、それでもあっという間でした。
08:45荷物預け、08:50整列完了
かなりバタバタしてしまい、集荷した手荷物の運搬が始まるタイミングでの移動となってしまいました。後輩(今回が東京マラソン3回目のベテラン)についていっただけなので、一人だったら迷子になっていたかもしれません。15分前の到着で、前から10列目ぐらいでした。後述しますが、スタートライン通過までは8秒。予想以上に早く、ラッキーでした。
レースの振り返り
レースから3週間近く経過しており、若干記憶が曖昧な部分もあります。
最大目標は2:25台でゴールし、東京マラソン準エリートの安全圏内に入ること。
東京4週間前の神奈川マラソンを69’00で走破していたことから、大阪マラソンのエリート(2:28’00)は堅いだろうなと思っていました。
スタート~5km:スタートライン通過まで8秒。とにかく飛ばさないようにと思いつつ、今まで経験したことのない人の多さに若干困惑。1km通過で時計を見たところ3'30。これはラップかスプリットかどっちだっけと思いつつ、良さげな集団を探す。途中で猫ひろしさんを抜かした。5㎞でのラップは17'15でほぼ完ぺき(とその場では思っていた)。
5~10km:海外の視覚障害選手とその伴走者が作る集団を利用し、とにかく楽をした。この5㎞17'27。恐らく9㎞過ぎで、この日最初の「あげあげ~!」をした。
10~15km:1回目の折り返しを過ぎて集団が2つに割れたが、自分は後ろの集団でステイ。この5㎞17'26。5㎞あたり17'15~20が理想だったが、誤差の範囲と思い込んでいた(振り返ると地味に痛い借金)。
15~20km:15㎞の浜町付近を左折後に明らかな向かい風を感じ、きちんと集団に隠れた。この5㎞は17'47だったが、致し方なしと割り切っていた。
20~25km:ハーフの通過が1:13'52と予定より1分以上遅く、これはマズいと思い集団を抜け出して前を追った。この5㎞17'11、「単独走の割には身体が動いている」と思っていた。
25~30km:ずっと前を見渡しても単独走の選手ばかりで、なかなか集団が見つからない。蔵前橋の下りでちょっと疲れ始めた記憶あり。この5㎞17'38。30㎞通過が1:44'44で、まだave3'30/kmはかかっていないなと安心した。
30~35km:32kmぐらいで牛山さんを抜かした。この5㎞17'48、もう手元のラップは目にしていなかったと思う。ちらほら集団を見かけたような気がする。
35~40km:35㎞前後から、積水化学の森智香子選手と少しの間並走させてもらった。彼女への応援は全て自分に向けてのものだと思い込み、気分を上げた。ラスト5㎞、駒ちゃんの声掛けで17'30で走ってようやく2時間28分00秒前後と知り、少し厳しいかなと思ってしまった。39㎞以降、別世界の如く脚が重くなり、キツさしか感じない。これ以降、応援は一切応える余裕も無かった。ごめんなさい。この5㎞18'09。
40km~フィニッシュ:引き続き、ひたすらキツい。時間の流れがとにかく遅い。ラスト1㎞、石畳の直線で顔を上げたとき、沢山の選手が目に入った。ラスト100mはトラックレースのようなスパート合戦が展開されたが、多少反応する余力はあった。ゴールラインを越えた瞬間に、スイッチが切れたかの如く疲労が押し寄せ、たちまち歩行困難に。ゴールタイムは2:28'48(ネット:2:28'40)でした。
レースを終えて
人生で一番幸せだった2時間半といっても過言ではないと思います。沿道から絶え間のない応援が最後まで途切れず、胸がいっぱいになりました。そして、ゴール後のボランティアの方々からの「おめでとうございます!」「お疲れさまでした!」そんな声かけが、非常に心に沁みました。
この舞台を学生陸上の引退レースに選んで、本当に良かったと思いました。陸上部の後輩、OBOGさん、友人、そして親族と沢山の方々が、現地まで応援に駆けつけて下さいました。この場をお借りして、御礼申し上げます。撮影してもらった動画を見返すと、今でも記憶が鮮明に蘇ります。ゴール後、自分が抱く感情は想像出来ませんでしたが、やり切った感といつも通り詰めの甘さが出るという、最後まで自分らしいレースでした。2027年大会の出走を自力で手繰り寄せることは叶わなかったですが、近い将来必ず同じ舞台でリベンジ出来るように、研鑽を積んでいきたいと思います。
最後に
最後までお読みいただき、ありがとうございました。今回のブログテーマとは関係ないのですが、東京マラソン後の米国旅行記も展開先に載せておきます(随時追記)。次は、小川くんに回したいと思います。「お笑い&すべり芸担当」を任命されていましたが、どんな心境か気になります(笑)
米国旅行記
1日目:シリコンバレーとスタンフォード大の散策、父の元同僚の方と会食。
2日目:インテル博物館とモントレー水族館を訪問、レストランにて名物のクラムチャウダーを食べる。
3日目:17マイルと言われるコースをドライブ、現地にてガーミン充電ケーブルの調達
4日目:ロンバート坂、ピア39、アルカトラズ島、カニ
5日目:ケーブルカー博物館、USSホーネット博物館見学、オラクルパーク、ステーキ実食
6日目:現地のスーパー散策(日本版成城石井的な)、ゴールデンゲートブリッジ、ケーブルカー往復乗車
驚いたこと:治安維持の観点から施設のトイレが暗証番号式、ソフトドリンクがMサイズでもとにかく大きい、隙あらば料理にポテトを添えてくる





















